テーマは「敵対」と「??」生きると決めたから……苦渋の決断が産んだのはもう一つの苦渋の決断 『Uポート 最後の決断』 監督 トニー・ジグリオ

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映画 その他
Uボート最後の決断 予告編 (日本版・ビデオ用)

オススメできる人

  • 昔の戦争映画が好きな方
  • 人の葛藤を乗り越える強い姿が見たい方
  • 板挟みで悩みやすい方

戦争

平和な日本で生きていた現代の若造が語るにはどうあがこうが、荷が重すぎますが、一方で全く語らないのも危ないものです。

ネガティブさの塊である戦争は、どうして起きたのか、何が起こったのか。そして、裏にあった様々な人間の望み、あるいは欲望は何か?といったことを考えることは世界にとっても個人にとっても重要な役割を持つと思います。平和なのは日本だけ……とまでは言いませんが、世界が争いはなくなることはなく、「勝つ」ことを全てとするのではなく自分が何をしたいかという「望み」も併せて考えていきたいものですね。

とはいえ

今回の作品は戦争の意義についてはメインテーマでなく、一人の男と乗組員、そして、敵とのやり取りについて描かれています。

戦場においてはポジティブさがネガティブなものにもなります。普段なら「命を大切にする」という全てにおいて優先され、ポジティブにとらえられるような行為ですらネガティブなものと印象付けられ侮蔑されます。すべては国のため、勝利のため、関係ない存在の価値が著しく低下するのが戦争だと個人的には解釈しています。

友情や愛を守ることですら、決して簡単ではなく、大きな覚悟が必要とされるのです。

そして、覚悟を持って国を相手にすることになるかもしれません。間接的な形だったとしてもです。

あらすじ

アメリカ海軍の潜水艦、ソード・フィッシュ号と呼ばれる船のチーフであるネイサン・トラヴァーズは乗組員とともに演習を重ねつつ、多少はいざこざはあったものの順調に航海を続けていました。

しかし、船員の一人が奇妙なあざと体調不良を訴え始めました。髄膜炎(ざっくりいえば頭蓋骨と脳の間に起こる病気のこと)という病気にかかって以来、状況が変わっていきます。船の中では治すことが困難で、たとえ命に関わったとしてもほうっておくしかなかったのです。

さらに悪いことに敵艦であるドイツの潜水艦、Uボートに遭遇してしまいます。

必死に応戦し、奮闘したものの、ついにソード・フィッシュ号は沈没、生き残った兵たちは脱出し、捕らえられました。

Uボートのヘルト艦長は、自身の信念のもと、彼らを殺さず、捕虜として国へ連れ帰ろうとしましたが、なんと髄膜炎が彼らにも感染してしまい、船内は両兵の憎しみと不満で埋め尽くされてしまいます。

トラヴァーズはヘルト艦長と話し合うことになりました。彼には死ねない理由があったのです。

「何があっても生きて帰る」という妻との「約束」が。

そしてヘルトとが掲げる「強さ」を示すための信念が重なり帰る場所と戦うべき場所で一つずつ「約束」が生まれ、ひとまずは協力することになりました。

しかし、彼らに次々と苦難が訪れ、絶体絶命の危機に陥ります。

戦争と国の前では一人の「約束」ですら、果たすのは困難だったのです……。

個人と国

国が戦争をするならば、当然、国の人間同士は敵同士になります。

彼らは国のことが憎かったわけでも滅びればいいと思っていたわけでもなく、国を誇りに思わなかったわけでもありません。しかしもっと捨てきれない大切なものがあり、失いたくないものが、国への裏切りともいえる敵との協力へとつながりました。

最もこの場合は国というのは少し曖昧な意味かもしれません。厳密にいえば、裏切っているのは軍です。いずれにしても、殺されても文句が言えないほどの罪になるのは間違い有りません。結果的に今の御時世はわかりませんが、当時を考えると国全体から軽蔑されるのも無理はないでしょう。

愛国心か、軍人の誇りか、あるいは保身か、敵と協力するということに反発する部下たちも描かれ、さらに協力すると決めたヘルトとトラヴァースさえやはり葛藤するシーンがあります。

兵として、愛するものを守るために強い精神力を持つ彼らでもやはり板挟みには苦しみます。最も、本来兵の意志の強さというのは上司の言うことを聞くためのものと解釈されていますが。

正しさと優しさ

助けるのが正しさであり優しさであるというのはやはり現在の意見でしょう。戦時中は2つはどうしても別のものだったと思います。戦場で優しさを持っていいはずもなく、優しさを持つなら戦場に立ってはいけないとも言えます。敵に対してはもちろんのこと、味方に対しても優しさを持つのは危険とされているからです。

優しさ……情とも言いかえられるものは、共通点や親近感から湧いてしまうものです。戦争でも状況によっては心が近づく瞬間があるのかもしれません。そして、現在の平和な世界で悪人が狙う部分もまた、共通点や親近感であり、善良な人の心に近づいて大切な物を奪っていきます。戦時中ではだまし討ちに近い作戦(場合にもよりますが)も平然と行われていたり、あるいはスパイがつけこむ隙ともいえますね。

つまり、優しさ及び情というとどうしてもポジティブに見がちですが、現代でもわずかに、そして戦場では一切を切り捨てられて当然というのもやむを得ない話です。

戦争時代と違い、現在において、優しさと正しさは強く求められ、そして大切にされていますが、もし優しさと正しさが戦争の引き金になる場合、果たして私達はどうするのでしょうか?何とは言いませんが、一時期こういった形に近い議論が有りました。

どちらが正しいとも言い切れないですし、間違っているとも言い切れません。全ては結果のままです。

さて、映画の話ですが、戦時中でも、いえ、戦時中だからこそ、人の情や絆、それも複雑な状況で生まれる感情に惹かれてしまうのもまた人間です。お互いに認め合うもの、譲れないもの、そして妥協点を探って協力関係にある内に、協力関係だけではないものも生まれていくのです。

色々書きましたが、なんとも言えない人類の生存本能、あるいは人種を超えた共存本能というものは、正しさや優しさというものを超越しているのかもしれません。

総評

昔の戦争映画は何本かしか見たことは有りませんが、良くも悪くも硬派な映画といったところでしょうか。

普通ならば認められ、称されるようなことでさえ、戦争では十分な批判材料になってしまう、というよりは命の危機につながる、という部分を個人の視点から強くフォーカスしているという一面があります。

一方、たとえ国が人を支配しようとしても、深い部分では支配できない、という部分を象徴しているようにも思えます。愛、信念、友情といった有事に簡単に捨てられるようなものも結局捨てられない部分がある、ということでしょうか。最もあくまで一つの見解、及び人の考えに過ぎないとも思います。捨てるべき時に捨てるのが強さと言うのも間違いと言うには難しいものです。

映画自体はそこまで長くないですが、多くの葛藤、そして、希望や絶望を描いた作品です。より「人の物語」という面から戦争映画を見たいという方にはオススメです。

もう一つのテーマ

「葛藤」です。ちょっとありきたりかもしれませんが、一番合うとも思いました。

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