『発達障害グレーゾーン』を紹介します。中途半端が一番しんどいですよね……でもそれは何かが際立っている証拠かもしれません。

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一言で

”少しだけ障害”の苦しみは決して”少し”ではありません

どんな本?

社会問題である発達障害の中でグレーゾーンと呼べるほどには軽症に当たる人たちと症状、そして解決の仕方をまとめた本です。

軽症ならば、なんの問題もないように見せて、その実、かなり根深い危険性について書かれた本です。仕事ができない、失敗が多い、人間関係がうまく構築できない、そして完全な自信喪失……。

自分にしても、他人にしても、「障害が軽症」というのは決して「安心できる」「何も対策はいらない」という話ではありません。

そして、今まで日常生活を送ることに何も問題はない、むしろ順風満帆な人生だったのに、突然、グレーの発達障害が牙を剥く……そんな事例を多く紹介しています。

「こんなことすらできない自分はなんてだめなんだ」

「あんなことすらできないあの人はなんて怠け者なの?」

そんな苛立ちや絶望を感じることもあるでしょう。

ですが、この発達障害の特質を活かし、大いに自分の得意分野に活かせた人物たちもいるのです。そこまでいかなくても、誰でもできるようなことをできないと認めることができれば、その苦しみは大いに減らすことができるでしょう。

そして、理解することができれば、あなたやあなたの周りにいる人達を助けることができるかもしれません。

少なくとも、私もグレーゾーンに近い障害ですが、読めば救いになる部分がありました。

つらい発達障害の中の宝物を探しましょう。

おすすめポイント

日常のつまづきと踏み台にした天才たち

ジョフ・ベネス、イーロン・マスク、夏目漱石、ビル・ゲイツ……もはや説明不要の著名人たちは発達障害による明確な欠点があると聞いたらあなたは驚くでしょうか?

全てにおいて優れていたから偉大なる実績を残せたのでしょうか?いいえ、違います。できないことが明確だったからこそ、できることに全力を注げたのです。

まあ、もちろん彼らが稀有な例なのもまた事実ですが、世の中に似たようなケースが多いのも事実です。

書籍中に出てくる人々は、一見普通……よりさらに順風満帆な人生を送っているように見せて、突然、「当たり前のことができない」という事態に遭遇します。

最初から障害を持っていることが幸福なんて口が裂けても言えませんが、あとから障害があるとわかることもまた厄介なものです。

つまづきと踏み台は紙一重、この本を読めば、もしかしたら、あなたのその人には言えないような欠点は発達障害のものであり、そしてあなたの能力を大いに飛躍する助けになるかもしれません。

「偉大なる人になりたい」「偉大なる人を育てたい」という望みはやや大変なものですが、もし、「自分はこれが理由で駄目だ」と思っているのであればぜひこの本を読んで色々な人を見てください。

もしかしたら、あなたが思っているよりあっさりと普通の人以上の力が出せるようになるかもしれません。

グレーは白色でも黒色でもありません。でも色です。

「ちょっと普通の人より劣るけど生きていけるなら本格的な障害を持っている人よりいいじゃない」

こんな無神経なことを公言する方はそうそういないと思いますが、心の中の本音で思ったことはあるでしょう。正直、私もまだ障害の自覚がない時に思ったことがありました。

(自分が不幸だと思うと、「五体満足なだけいいじゃない」とよく言われたこともあります)

学校で言うのならば、テストが100点満点でなくても平均で60点なら十分生きている……というニュアンスが近いでしょうか?

ただ、残念ながら発達障害のグレーはちょっと違います。発達障害は言ってみれば「ほかはだいたい80点以上をとれるのに、1つの科目だけが、0点に近い点数しか取れない平均60点が近いと思います。

有名な話ですが、学校の先生も0点は出したくないので勉強しないでも取れるような問題を10点から30点ぐらいで出すという話がありますが、それでも0点付近の点数を取ればサボっていたり問題があるように見えても不思議ではないでしょう。

まさにグレーの問題点でもあります。

もし障害が明確なら「0点でも仕方ない」となりますが、グレーだと、「なんとかして30点まであげよう」「ほかができるならできるはず」となってしまうのです。

その結果、致命傷になるぐらいまで追い詰められるまで頑張ったり、あるいは命をすり減らす努力を強いられ続けるのです。

そうしないためには、白色、黒色、灰色の存在をそれぞれ認めることです。何が劣るとか、何がまさるとか、何を優先すべきという話ではありません。

今すぐは難しいかもしれませんが、様々なことを知れば、きっと灰色もまた色であることがわかるはずであり、そしてこの本はグレーゾーンの苦しみも強さも一つの”特質”としてとらえる理解につながるでしょう。

少なくとも、この章の冒頭にある絵は灰色の存在は必要不可欠なのは間違いないのですから。

最低値を義務付けない、最高値を基準にしない

具体的にどうするか、というのは難しいですが、しないほうがいいことは明確に本に書かれています。

テストの話ばかり続いて恐縮ですが、学生時代にこんなことを言われませんでしたか?

「80点を100点にするより、0点を20点にするほうが簡単だ」

この言葉は間違いではありません。ただし、大部分に限っては……という話ですが。

発達障害の問題は総じて、最低点を上げるのが「簡単だ、すぐできる」という問題を本人も、周りも持っているからこそ起こってしまう、というのが本を読んで出た結論です。

そしてもう一つ、これは特に誰が言うわけでもありませんが、こんなことを思ったことはないですか?

「これだけすごいことをした人なら、きっと他にもすごいことは色々あるだろう。なんでもこの人に聞けば、この人の言うとおりにすれば間違いない」

考えてみると、どうしてこのような考えが浮かんでしまうかというと、自分で考えるのが面倒というのももちろんありますが、

一つを期待してしまうと他のすべても優れていると考えがちな偏見があるからです。

(これはバイアスとも言うのですが詳しくはこちら

冒頭でも上げましたが、偉業を成し遂げた偉人たちも、それこそ小学生にも劣るほどの能力がない部分もありましたが、そんなことを気にする人はそんなに多くはないでしょう。

彼らは突出した部分を他の部分に求めることもせず、そしてどうしようもなく低い部分をどうにかしようとしなかったから偉大な功績を果たせたのであり、もし、他の部分が悪いからと言って突出した部分を世界が認めなかったとしたら大きな損失となっていたでしょう。

長所を理解するのも短所を理解するのも、どちらに偏りすぎてもいけませんが、バランスをとろうとしてもいけません

最高点と最低点は対局に位置するのではなく、背中合わせのようなものなのです

注意点

とまあ、このように書いてきましたが、正直、自分にしても他人にしても最低点を定めないというのはなかなか難しいものです。

日本では特に「人間として」「社会人として」「日本人として」というフレーズのあとに「〜〜べき」という言葉が続くことが多いですから(そしてその後になんらかの押し売りを受けるのはセットでしょうか?

何らかの機関が「すべての人の個性を重要視します」というスローガンを掲げたとしても「人の話を聞けない」「文字を読むのが苦手」「そもそも人の側によるのが苦手」という人たちが集まったら一人一人に対応するしかありません。

※なお、これはすべてブログ筆者の欠点です。

どちらかといえば、私は、発達障害を問わず、「誰かの受け入れらない最低点」を容認するよりは、「自分の最低点」を把握して容認できる「誰かの最低点」を理解することのためにこの本を読んでほしいと思います。

あと、前にも言いましたが、「障害者だからすごい人になれる」みたいな考えも持ちすぎないようにしてください。

最後に

少子高齢化の問題はまた別で解決しなきゃいけないのはわかりますが、もし、一人ひとりの負担が重くなると言うならば、際立った得意分野で勝負していくというのも一つの可能性だと思います。

最低点は別の誰かがフォローすればいい、別の誰かの最低点をあなたがフォローできる……こういう事自体はきっと前から言われていたと思います。

でも、最低点が極めて低くて馬鹿にしたくなるような人に、果たして何かを頼めるでしょうか?その人の最高点を認めることはできるでしょうか?

なかなか難しい話かもしれません。

できるかできないか……を判断するのも大切なことかもしれません。もちろん多くを理解することも大切ですが、理解できないのもきっと「最低点」なのですから。

この本は発達障害という極めて難しい病気を理解するとともに、その難しさ、そしてその力の強大さを心に刻むのに非常に優れた本と言えるでしょう。

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